前回の続き

行政を動かすためには、行政を叩いているだけではダメだ。
市民と行政との関係は、依然として「要求する側」と「要求を受ける側」であることが多い。市民の要求を受けた行政の反応は、「受け入れる」か「聞き流す」かのどちらかである。
これだけの関係では、要求が受け入れられなかった場合、市民と行政が対立し、互いの不信感を増幅させるだけのことになってしまう。
「税金を払っているのだから、要求に応えて行政が動くのが当たり前だ」という立場もあるが、それでは地域に根差した活動は進まない。

以前に書いた内容と何度も重なるが、これからしようとする活動、あるいは現在続けている活動が、どれだけ地域や行政にとってメリットがあるのかということを理解してもらい、互いに歩み寄る関係になることが大切だ。それを裏付けるために、真摯な活動の積み重ねが不可欠である。

もちろん、行政が頑なに扉を開こうとしない場合もある。やむを得ず、行政と対立する場面もある。
市民と行政の関係は、「行政主導、対立、宥和、協働」へと変化していくもので、それぞれの段階での具体的なアプローチがある。
しかし、どの段階でも「行政の立場も理解してあげる」「実績を積み上げる」ということが大切で、これを抜きにしてどんな「テクニック」を駆使しても通用しない。

遅々とした歩みのようにも見えるが、近年の動物愛護活動を取り巻く環境は、10年、20年前に比べると相当に良くなったというのは実感である。
それは、先人たちの、献身的で真摯な活動の積み重ねの結果だ。それが、今回の動物愛護法の改正にも、十分とは言えないまでも反映されている。

小手先の「テクニック」は色々とある。しかし、基本となるのは、日常の活動の積み重ねを前提に、互いの立場を尊重しながら、行政との協働あるいは地域参加に向けての話合いを進めていくことだ。そして、残念なことに途中で諦めてしまう人が非常に多いのだが、決して諦めないでほしい。
そうすると、徐々に、あるいはある時期をきっかけに、状況が変化してしまうということを自分は何度も見ている。世の中を変えるということは、そういうことの積み重ねである。

(いつか続く)


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前回、猫ボラと行政との関係について書いた。すると、「行政を動かすにはどうしたらいいですか?」と質問を受けた。以前にも、ボランティアさんの集まりで同じ質問を受けたことがある。

自分の中には、行政を動かすコツみたいなものが蓄積されているように思うが、一言では言えない。行政を動かすのだって、段階があり、社会情勢があり、タイミングがあり、人の個性がある。何より行政を動かすことは、一朝一夕でできることではない。

また、行政に対する要望や不満を耳にすることが多いが、それなら行政を動かすために、こういう活動をしましょうと提案しても、「忙しい」とか「目立ちたくない」といって具体的な行動につながらないことも多い。それぞれのご事情や行政に対する不信感は理解できるが、行動しなければ何も変わらない。

特に地域猫の活動は、法律で定められた制度ではない。地域によるが、猫ボラにとって当たり前のことが、一般市民や行政にとっては余計なことであったりする。
この点、今年9月の動物愛護管理法の改正によって、目的のところに「人と動物の共生する社会の実現」が追加された。来年9月までに施行の予定で、「共生社会の実現」をめざす猫ボラにとって追い風となるだろう。しかし、あくまで目的規定であって、地域猫を普遍的な活動にするためには、まだまだ努力が必要だ。

「行政を動かす」というのは、市民参加の問題である。市民参加には、

(1) 役所への直接アプローチ(意見表明、要望書等)
(2) 議会へのアプローチ(陳情、請願、議員を通じての発議)
(3) 市民団体活動への参加(NPO法人や任意団体による市民活動)
(4) 地域コミュニティ活動への参加(町会、自治会等による自治活動)

の4つがある。新しい取り組み、それも地域に根差した活動を進めていくためには、これら4つのファクターを連携させ複合的に進めていく必要がある。
一人ではできない。同志を増やすことだ。そして、4つの要素のどこかで、一人ひとりが活動推進の一翼を担ってほしい。

(近日中に続く)


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地域猫活動で、行政の取り組みが不十分であるといわれることが多い。
確かにその通りだ。行政からすれば、人も金も減らされている中、元々法律で決められた仕事でもないのに、これ以上、仕事を増やしたくないというのが本音だろう。
だから勢い、行政に対するボランティアからの非難が集中することがある。

しかし、ひとつ意識しなければならないのは、行政を非難するのは楽だし、ストレスの発散にもなるのだけれど、それだけでは何も変わらないということだ。なのに、一部の猫ボランティアには、自分たちはこれだけのことをしているんだから、行政も一般市民も、自分たちに協力して当たり前だという独善の気配がみられる。

極端な例であるが、ボランティアと行政の会議で「自分たちは自腹で猫の手術代も餌代も出しているのだから、後始末くらいは地域の人がやって当たり前だ」と発言した人がいた。また、「公園でボランティアが里親会をするのに、占用使用料がかかるのはおかしい」と文句をいった人もいた。理想を思い描くことは自由であるが、現実はまだまだ遠い。にも関わらず、そういう「一足飛びに超えてしまう人たち」が、猫ボラ全体の評価を損ねてしまう。

行政にもできることとできないことがある。「行政ができない分を、市民がここまでカバーできる。そうすればここまでのことができる」という現実的なアプローチが必要だし、そのアプローチが成功するためには、真摯な活動と実績にもとづいた、ボランティアと行政との信頼関係が不可欠である。地域猫の取り組みが進んでいる自治体には、必ず、その取り組みを支える優れたボランティアがついている。
ボランティアは圧力団体ではなく、行政のパートナーであり、行政の仕事が楽になるということをわかってもらうことが必要だ。
行政を一切批判してはならないということではない。ボランティアと行政がより良い関係を築くための現実を踏まえた問題提起であるならば批判も必要だ。批判と非難はそこが違う。

数年前のこと、ペット用品を販売しているメーカーの冊子の記事に、大阪・中之島公園の猫ボランティアが紹介されていた。ボランティアの代表が、「行政に対しては非難ではなく提案で協働すること。行政にできること、私たちにできることを持ち寄ればいい」と語っている。この言葉ほど、協働の本質を言い表した言葉は他にない。


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行政の広報紙に「地域の合意を得ないで野良猫に餌を与えないでください」と書かれてるのを見た。これは全くイケてない。普通に「野良猫に餌をやるな」というのとどこが違うだろう?

地域猫という言葉は、ここ10年くらいで急速に広まった。
しかし、地域猫という言葉を行政だけでなくボランティアも重宝したあまり、現在では逆に、「地域合意がない餌やりは違法だ」というような誤った理解を流布させてしまった感がある。
地域猫と呼ばれるためには地域合意が必要だけれども、かといって、地域猫でなければ野良猫に餌を与えていけないという決まりはない。

以前、地域猫の活動には発達段階があると書いた。
地域猫以前の個人的な活動として、適正管理活動がある。これは、結果を顧みない野放図な餌やり行為とは異なる。適正管理活動とは、猫に避妊去勢手術をしてその繁殖を防止し、適切に給餌をして糞尿等の対策を行うことであるが、清掃活動と同じく、地域の環境保全という公益にかなう側面を多くもっている。
適正管理をするのに地域合意が必要だというのは、個人で清掃活動をするのにも地域の合意が必要だというのに似ている。

公園や道路で猫に餌を与える人を「地域合意がないから」といって規制しても、自分の敷地の庭で野放図に餌を与えている人には全く規制が働かない。基本となるのは適正管理という考え方なのである。
その適正管理という考え方を街全体で共有して、「共生の街づくり」をめざすのが地域猫である。猫が地域に受け入れられるための活動とは、そのような、「共生の街づくり」をめざして働きかけていくことだ。「地域合意」は常に目指すべき方向性であるが、活動のための必須条件ではない。

間違ってならないのは、「地域合意」とは「餌やりの許可」のことではないということだ。
地域ぐるみで一緒になって取り組むということの合意である。
その取り組みは個人レベルでの適正管理の積み重ねなしには進まない。

(たぶん、また続く)


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2012.10.05 猫のため?
こそこそ隠れずに野良猫のお世話を堂々としたい、というご婦人と話をした。
「猫のために、自分ができることをやりたいんです」と熱心に語る。

- 猫のためといいながら、猫のためにならないことをやっちゃってる人が結構いるんです。猫のためじゃなくて、結局、自分が餌をあげたいだけという人がいるんですよ。 -

そう言うとそのご婦人は、「猫のためじゃダメなんですか」と少女のように頬をぶくっと膨らませてこちらを睨んだ。
あれ、話の腰を折っちゃったかな、と思いつつ続けた。

- それは基本なんですけどね。単純に猫のためというだけでは、避妊去勢手術をしても、掃除をしても、猫に餌を与えるだけの活動で終わることが多いんです。頑張っているのにそれで終わったらもったいない。猫のためだけじゃなくて、ご近所トラブルの解消とか、地域のためという意識を持ちづづけて活動することが、実は一番、猫のためになるんですね。 -

ご婦人は、「それはわかっています。だから手術もしているし、掃除もしているけど、周囲の人がわかってくれない」とますます頬を膨らませていく。

- だからね、猫の世話を堂々としたいというのではなくて、猫が地域に受け入れられるための活動をしようというように発想を転換することから始めたらいいのだと思います。そういうニューカマーが猫ボラにも必要なんですよ-

「ニューカマーですか?」

- そうです。地域社会に目の届く新参者の猫ボラです -

あなたは、猫のために自分ができることをしたいと仰った。
何のために猫の世話をしようとなさるのか。
何が本当に猫のためになるのか。
それがはっきりと自分の中で見えてきたら、
一緒に町会長のところに行きましょう。

(いつか続く)



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